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プール

 

 

 僕が通っていた中学校では、十回プールで泳ぐことが夏休みの宿題の一つだった。カードが配られており、一回泳いだらそこにハンコを一つ押してもらう仕組みになっていた。
 プールは中学校のほかに、公営のものでも可とされていた。僕はそっちの方が好きだった。

 

 しんと静まった家を出ると、むわりとした熱気とともに、けたたましい蝉の声が聞こえた。細道を抜けて県道を歩くと、ぶおんぶおんと車が行き交い、エンジンの音が耳をくすぐった。
 公営プールは遠かった。いくつもの信号を待ち、それを越えた。アスファルトから放射される熱がじりじりと肌を焼き、そこに汗が伝った。服がぴたりと貼りついているのに、あらかじめ履いておいたスクール水着の部分だけはさらさらとしていて、奇妙な感じだった。
 陽炎が揺れる坂道の上の、緑が涼しげなスポーツ公園の脇にそれはあった。入ると中はひんやりとしていて、ほんのりと塩素のにおいがした。僕は職員さんに百円玉とプールカードを渡し、職員さんはハンコを押したプールカードを僕に返した。あたりは薄暗く、透明なプラスチックの板で仕切られた職員さんの部屋にある、がくがくと揺れる扇風機の音だけがかすかに響いていた。
 立てつけの悪いドアをがらがらと引くと、ロッカーがいくつも並ぶ更衣室の中、遠くではしゃぐ声が聞こえた。ぼってりと腹に肉をこさえたおじさんが、通りがかりざまにこちらをちらりと見て、奥のほうに消えていった。僕はそこから一等離れた場所を選び、そこで着替えた。ロッカーの中の網棚が錆びていて、そこに服を押し込むと、少し嫌な感じがした。

 

 プールは広く、大きな屋根がかぶさっていた。小さくて浅いプールでは、子供が浮き輪を持って遊んでいた。大きいほうのプールでは、右側のいくつかのレーンが、泳いだり、歩いたりする人のために確保されていた。
 僕は水に足をつけて慣らしてから、ゆっくりと体を沈めた。ぞわりとするような冷たさが体を貫き、それからじんわりとした温かさに包まれた。壁を蹴ってするすると泳ぐと、初めのほうはひんやりとした指で肌をなぞられているかのようだった。しばらくすると、それも気にならなくなった。
 向こう側のレーンでは、薄い胸毛が縦に走っているおじいさんが、水の抵抗を感じながらゆっくりと歩いていた。僕のいる側では、集団が二、三個あって、それぞれにそれぞれのことをしていた。僕はその間を縫うようにしてプールの一番深いところへ泳いでいった。そして大きく息を吸い、鼻をつまみ、ぐるりと縦に一回転した。
 視界の先に無数の白い泡が立ち上り、水圧が耳をきゅうと締め付けた。静寂の中で世界がばたりとひっくり返り、僕は地球の裏側を見た。
 水面に顔を出すと、そこでは変わらずはしゃぐ人々、黙々と歩くおじいさん、ビニールの天井の向こう側で輝く夏の太陽があった。僕はゴーグルと、耳に入った水を隔てて、しばらくそれを感じた。
 採光窓の外では力強い日差しが木々を照らし、くっきりとした影を作っていた。たくさんの声が、ずれたり重なったり、大きくなったり小さくなったりした。僕の体は冷たい水の底に沈み、意識はそれからほんの少し離れたところにあった。
 こうやって生きていくんだろうなと思った。